2021年2月3日放送の「ワールド極限ミステリー」は、タイタニック沈没について。
タイタニック号に乗船していた唯一の日本人として、細野正文さんが話題になっていました。
タイタニックと言えば、日本では映画が大ヒットして知った方も多いと思いですよね。
しかし、映画では語られない真実があったのです。
乗客の細野正文さんのプロフィールはどうなっているのか?
乗ったきっかけや非難された理由と合わせて調べてみましょう!
【タイタニック号の乗客の日本人】細野正文のプロフィール
有名な話やけど、タイタニック号で唯一の日本人乗客で鉄道官僚の細野正文(まさぶみ、1870-1939)は、元はっぴいえんど、YMOのメンバーで有名な音楽家の細野晴臣さんの祖父です。 pic.twitter.com/0qELoxsb8s
— マック葉隠 (@mac_hagakure) October 3, 2020
名前:細野正文(ほその まさふみ)
生年月日:1870年11月8日
年齢:68歳没
出身地:新潟県上越市
細野正文さんの次男は、細野日出男さん。
交通学者で、中央大学名誉教授や日本学術会議会員等も歴任していましたね。
ミュージシャンでYMOのメンバーでもある、細野晴臣さんは孫にあたります。
細野正文さんが帰還しなかったら、YMOも誕生しなかったかもしれませんからね。
細野正文さんは、東京高等商業学校(現・一橋大学)を卒業後、三菱合資会社に入社。
1897年には通信省に入省し、新橋駅の貨物係を勤めています。
1908年には鉄道員主事に任命され、41歳の時にタイタニック号に乗船しているのです。
タイタニック号に乗ったきっかけ
知人のいるイギリスからニューヨーク経由で帰国する予定だったのです。
#タイタニック号
タイタニック号の二等には鉄道院在外研究員の細野正文氏が乗船していた
海外出張で太平洋回りで帰国の途に着くたに乗船
一等の乗船券を買えるほどの旅費を持っていたが、英人社交界としての場でもあった一等の購入は日本人でもあった細野にはできなかったのである(画像の書籍より) pic.twitter.com/yiGHMI2Wqv— 敷島_金鵄@艦これ提督 (@551_confucius) April 14, 2020
細野正文さんは、鉄道員の第1回留学生としてロシアのサンクトペルブルクにいました。
2年ほどロシアに滞在し、帰国することになったのです。
タイタニック号に乗船したのは、帰国の途中。
ロシア→イギリス→ニューヨーク→日本
細野正文さんは、このようなルートで帰国を考えていたのです。
ロシアからそのまま日本に帰国していれば、タイタニック号に乗船することはなかったわけですから、何があるかはわかりませんね。
細野正文が非難された理由は?
他人を押しのけて救命ボートに乗った嫌な日本人と証言されたのです。
タイタニック号で日本人乗客、細野正文さんは見事にあの船から生還した。しかし日本ではそのことを不服として批判する人が多かったという。無事生きて帰って来てよかったね。ではなく、お前だけなんでいきてかえってきたのか?!みたいな。生きて脱出してもそんなだから、もう日本は…。 https://t.co/U08EmPhzJ0
— 邑 (@mulakashiwa) August 14, 2019
婦人や子供達を優先的に非難させるルールがある中で、生還してしまったのですからね。
この噂が日本中に広がってしまい、細野正文さんは新聞や教科書などからの批判にあってしまったのです。
噂が出回ったのは、同じくタイタニック号からの生還者の一人でもある、イギリス人のローレンス・ビーズリーさん。
1912年に出版した、「THE LOSS OF THE SS.TITANIC」の中で証言されたのです。
しかし、1997年には細野正文さんとビーズリーさんは、別の救命ボートに乗っていて人違いだったことが確認されています。
- 細野正文さんのボートには、アルメニア人の男性女性のみが乗っていた。
- ビーズリーさんのボートには、中国人が乗っていた。
ビーズリーさんは、その中国人を細野正文さんと勘違いしていたのでした。
細野正文さんからしたら、たまったもんではないです。
当時から、噂やガセネタはあったのですね。。
80年経って無事に名誉回復ができた、細野正文さんだったのです。
細野正文に対する世間の反応
わい、歴史モノや武士道とか古典武術大好きですが細野正文氏が受けた批判を知った時は”周りが正しいと思い込んで押し付ける武士道”の歪みっぷりは見ていてなんて醜いんだろうと蔑視しました。
— 一白翁の弟子@墓の下の車輪勢 (@ViridianLeaf) May 18, 2017
細野さんってymoもやけど、
細野晴臣の父方の祖父である細野正文は、日本人で唯一豪華客船タイタニック号に乗船し、事故から生還した人物である。
を聞いたときびっくりした。
— ふみち ΦЖ (@fumi_bck2) August 14, 2019
音楽家細野晴臣のおじいちゃん細野正文は日本人でただ1人タイタニック号に乗船していたそうです。その際に他人を押しのけ救命ボートに乗った日本人がいたとの報告があり、避難を浴び、亡くなった約60年後に誤報だったと正式に証明されたそうです。うーん。。
— Riyo (@Divariyo) May 29, 2011
僕はタイタニック号沈没事故は、悲惨な出来事ではあると思う。しかし、当時日本人で唯一人乗船していた細野正文さんという人が助かった事で、東洋人が無理矢理救命ボートに乗ったと揶揄された事実もある。そのため東洋人と西洋人という視点から捉えると事故を美化する必要はないと思う。
— はち (@2WtwTO8tLYrSEil) June 27, 2020
1912年に発生したタイタニック号沈没事故で、日本人として唯一乗船し、生存した細野正文さんによる“タイタニック号手記(実物)”を見てきた。映画では決して語られることのない、現場にいて初めてわかる“生の声”を間近で感じた気がした。 pic.twitter.com/Q2ba6qVf6b
— もちたそ® (@magic_motoki) May 11, 2014
今更、細野正文さんを批判する声がないですが、当時は凄かったようですね。
思い込みというのは怖いなと思いますよ。
まとめ
【ワールド極限ミステリー】で話題になった、タイタニック号に乗客していた日本人の細野正文さんのプロフィール。
乗ったきっかけや非難された理由をまとめています。
日本では映画が大人気でしたが、タイタニック号の物語には色々な想いや噂があったのですね。
細野正文さんは無事に帰還され、名誉回復ができたことは本当に良かったと思います!